部屋
音楽が聞こえてくるまで待っていようと思っていた。
木の座面にパイプがついただけの簡素な椅子には、イタズラ書きがあった。
イタズラ書きは本当にイタズラで書いたのか、それとも深刻に考えて書いたのかわからなかった。
誰がそれを書いたのかも、私は知らない。
やっと音が聞こえてきたと思った。音感がないので、何の音かはわからない。
そして思考の渦、渦、渦。
椅子の横の扉が微かに動き、私は身を乗り出して扉の外を見た。
微かにオルガンのような音がまた聞こえてきた。
私は眼を閉じて考えまいとした。
けれども思考は私を置き去りにして、どんどん走っていった。
あと少しだけ、待っていたい。
突然、空腹が襲ってくる。
まだなの?と外に出た途端、私は多くの横たわる人々を見た。
部屋に帰れと言われ、私は強情をはって廊下にいた。
外には風にそよぐ樹々が見えた。
残酷な世界。
私はここに来る前に海を見た。
暗く壁の崩れた部屋で寝た。
初めて吸った、最初で最後のタバコはホームレスの人がくれた。
海と空。どこまでも広がっているように見えるそこに、沢山のゴミが浮かんでいるのを見た。
カモメの脚には糸が絡んでいた。
繰り返す波の模様は、ラクガキが書いてある椅子の木目と同じように見えた。
遠退いていく記憶の中に、子供の笑い声が聞こえる。
私は、ただ立ち尽くしていた。